4度目の台湾③鳥山頭水庫(鳥山頭ダム)


台湾には日本統治時代の建物
やライフラインがたくさん残っており

たいなんえき

クラシカルで素敵な台南駅は、昭和11年竣工。

いまもほぼ完全に近い状態を
保っているそうです。


たいなんえきおでん

キオスクには…関東煮おでん

九州男児のオットが、「関東炊きだ」

関東では煮物を炊くと言わない
ので、
一瞬、何かと思いました^^;

「炊く」をつかうのは、西日本
に多いのでしょうか…。



たいなんえきごみ

ゴミの分別もちゃんとしてる。



だむ隆田駅

台鉄(台湾鉄道)の各駅に乗って30分位、隆田駅に到着。

運賃はNTD45くらい

*NTD1=3.5円



だむ駅前

駅前は静かで、のんびりした空気が流れています


で、すぐにプラカードを持った
タクシーの運転手さんが来ました。

鳥山頭ダムまで往復NTD800

ダムだけ見て帰る…では無く、

数か所の見所を周って
駅に戻ってくるまで2時間近く
かかったので、良心的な価格と思います。

鳥山頭ダムまでは、バスで行け
ても、見所が点在しているので
移動が困難です。
タクシーをお勧めします。

NTD1=3.5円



だむ運転手さん

運転手さんは、とても親切

台湾のタクシーのドアは手動ですが
私が乗り降りする度に、横に来て
ドアを開閉してくれます。

こんな紳士タクシーは、最初で最後だと思う



たいなんえきしりょうかん

ダムと見所を含めた景観区
入口で、入場料NTD400(200×2人分)を払い

最初に運転手さんが案内したのは
八田技師記念堂(資料館)。

スタッフが、日本語のビデオを流し
てくれるので、まずはじっくり見ましょう。

日本の統治時代、台湾南部の
不毛地帯にダムを建設し
大地の恵みと農民の暮らしを
向上させた日本人技師の八田
興一さんの偉業と生涯も紹介しています。

*館内は撮影禁止



だむ放水口

ダム建設後、八田さんは徴用され、
1942年、船でフィリピンに向かう途中
米軍に撃沈されて亡くなり

1945年9月1日、八田さんの妻が
放水路(画像の中央付近)に
身を投げて、45歳の生涯を終えました。

ダムの工事が始まったのは
大正9年9月1日。

夫婦の絆を感じさせられました。



だむ

湖のように、広いダム

タクシーで周遊できて、本当に良かったです

冬の日本からきたせいか
台南の気温が辛く

日中は28度位でも、30度以上
の暑さに感じます


はちだ像

八田興一さんの銅像と、その後ろ
には夫妻のお墓

たくさんのお花が添えられてしました。
もし再び訪れる時は、私も持参したいです。


銅像の先には、ダムが広がり…


だむ銅像

八田さんがダムを眺められるよう
に置いてくれた、台湾人の優しさ
が伝わります。

終戦後、台湾から日本人が去った後
は中国大陸から次々中国人が上陸。

反日政権で、日本人の銅像が次々
壊される中、この銅像は地元の
方達に守られ保管されていたそうです。



だむじょうき

ダム建設中に、資材や重機、作業員
や住民を乗せた、ベルギー製の蒸気機関車。



だむじゅうきょ

八田興一記念公園

ダム建設中の八田興一さんの
住居を含めた4つの宿舎を復元。

担当者は、可能な限り忠実に
復元しようと、八田さんの出身地
である石川県に足を運び、
協力を得て造られました。



だむ箪笥

昔の祖母宅を思い出す…



だむさくら

森喜朗元首相が

さくら

寄贈した桜




だむ防空壕

防空でした。

歴史を感じるので、日本統治時代
のものでしょうか。



だむ日本語

日本語の案内もあれば

広大な敷地は、ゴミが見つから
ないほど手入れが行き届いていて

親日ぶりを強く感じ、涙が出そうでした。



だむ広い

台湾の人を親日家へ導いた
要素の1つと思う、鳥山頭ダム

見所を大雑把に紹介しましたが

台湾に行く機会がありましたら、
ぜひ訪れてほしいと思います

テーマ : 台湾旅行
ジャンル : 旅行

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